「うそばなし」は、川上弘美さんの『椰子・椰子』の本歌取りです。
勝手なことしてすみません。

どこまでかはほんとう、だけどどこからかはうそ。
日によってはぜんぶほんとう、日によっては全部うそ。
そんな、おはなしの集まりです。




しっぽの大きなこぎつねを拾った。
拾ってぽけっとに入れたら、増えた。
増えて増えて増えて困ったので、びすけっとの代わりに齧った。
すこし、メエプルシロップの味がした。



隠れ家的居酒屋でバイトをしている。
今日はひまな日だった。
あまりにもひまなので、トイレにある大きな鏡を磨いた。
磨けば磨くほど、板の向こうが明晰になって、こちらはぼんやりとしてしまう。
ぼんやりしていると、鏡のひとがぱちりとウィンクをした。
こちらはぼんやりしているし不器用だしで、ウィンクなんぞできなかった。
なので、「ごめんなさい」と会釈すると向こうも会釈した。
鏡磨きから戻っても、店はひまだった。



店にあさがおが来た。
「いらっしゃいませー」と言うと葉っぱをひらひら振って「3人ね」と言った。
テエブル席に案内しておしぼりを渡すと、ていねいに花びらをぬぐって、柚子焼酎のロックを3つたのんだ。
からすみやらカルパッチョ野菜のジュレやら、おいしそうに花びらのまんなかの窪んだところに運び入れ、柚子焼酎を何杯もおかわりした。
料理はきれいに平らげて、葉っぱでお皿を拭いさえした。
帰り際のあさがおは、あざやかな古代紫だった。



本を読んでいたら、うっかり字をこぼしてしまった。
あわてて拾ったのだけれど、あらかたは床に吸われてしまった。
どうにかして浮いてこないだろうかと顔を近づけると、チェリーブランデの匂いがした。
だから、こぼした分の字をあきらめた。



今日は押し入れに隠れてクッキイを食べる。
こぼれた粉をありが食べにきて、それを押し入れに遊びにきたありくいが食べる。
世の中よくできている。
ありくいはおみやげにおいしいクッキイを焼く洋菓子屋さんの地図を呉れて、網戸をあけて帰っていった。
とても喜んだのだけれど、どこの街の地図か聞くのを忘れた。



ありくいに電話して、地図の洋菓子屋さんはありくいのいとこが住んでいる京都にあることを聞き出した。
地図をたよりに行ってみる。
京都なので、わりと簡単にみつかった。
ありくいが行列を作って菓子を買いに来ていた。
ありの入ったお菓子ではないかと心配したけれど、売っていたのはありの入っていないお菓子だった。
好物のフィナンシェをいくつか買った。
なぜかこの粉には、ありが寄らなかった。



今日1日くつしたを裏返しにはいていたことに、バイトが終わってから気づく。
狭い控え室なので誰も見ていないだろう、と思ったら隅で蚊が笑っていた。
「誰にも言わんといて」と嘆願すると、「ほな口止め料口止め料」と言ってふくらはぎの血を吸っていった。
ぶよ蚊だったらしく、ひどく腫れて凄くかゆい。
くつしたの恥くらい忍ぶべきだった。



晴れていたので、電車に乗ってうとうとした。
降りる駅に来て、あわてて目を覚まし、財布から切符をとりだすと、切符は「では」とお辞儀をして、指の先からするりと空気に溶けてしまった。
どんなに探しても見つからず、駅で四角い顔の駅員に二重に料金をとられてしまった。
秋の電車は油断がならない。



遠い遠い国のひとの香水を、少しだけ髪につけてみた。
遠い遠い国のひとに、うしろから抱きすくめられているようなきもちになった。
遠い遠い国のひとに、抱かれたまま歩いた。



電車に乗っていると、次の停車駅のアナウンスのあとに、「ただ今からつるが絡みますからご注意下さい」というアナウンスが入った。
どういうことかと顔を上げると、前の座席の背もたれにちろちろとつるが絡んでいた。
手元を見ると、財布にも一本巻き付いていた。
きれいなうすみどり色をしていたのでまあいいかと思い放っておいた。
駅を出ると、つるはちろりと落ちてしまった。



テエブルの上においてあるクレェム・ド・カシスの量が減っている。
もちろんわたしは飲んでいないし、瓶の蓋もきちんとしまっている。
なぜだ。



自転車をこぐのが重い重いと思っていたら、荷台に北風が座っていた。
「重いよ」と文句を言うと、
「そういう日もあるある」と澄ましこんでおりようとしない。
仕方がないのでそのままぐいぐいこいだ。
重くて重くて仕方が無い上に、さむい。
そのうち鼻唄まで歌い出して、さむいことこの上ない。
背中の向こうで、とうとう雪が降り出した。



押し入れを空けたら、ソーダの壜を抱えたありくいが寝ていた。
起こして話を聞くと、クレェム・ド・カシス減少事件の犯人はこいつだった。
やっぱり。



あともどりるれろ。